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2007/12/27

HOTなエスプレッソITALY WEB SITE編集BACK NUMBER

HOTなエスプレッソ 



田中ちひろ

京都生まれ 大阪外国語大学イタリア語科卒業、88年イタリアのシエナに留学。91年よりミラノ在住。 著書「普段着のミラノ案内」(晶文社)をはじめ、新聞、雑誌、インターネットサイト等に執筆。三井住友海上ミラノオフィス勤務。 

 

2007/9/25

51. 「近くなったオペラ」

9月のはじめ、世界3大テノールの一人といわれたルチアーノ・パヴァロッティが71歳でなくなった。
すい臓がんの手術を去年受けて、一時はかなり元気になっていたのが、夏の後半くらいから、また体調を崩してしまったのだそうだ。
かなり容態が悪いという段階から、そのニュースは世界中に報道され、なくなったときには日本や西洋諸国だけでなく、中国やアラブ、アフリカの国々でもトップ記事となった。世界中からお悔やみの言葉が届き、お葬式には イタリアの大統領、首相をはじめ、世界のそうそうたるメンバーが参列した。もちろん何千人という一般の人、オペラファン、音楽ファンも 最後のお別れをするため、はるばる彼の住んでいた町のモデナの聖堂につめかけた。
その幅広い人気は、音楽が政治思想を超え人々の心に何かを伝える証だといえるかもしれない。

パヴァロッティを送る催しとしては 彼が1961年にデビューした「ボエム」が そのデビューの場所であるモデナの私立シアターで上演された。
61年デビューということは 46年間歌い続けたということになる。

長いオペラ歌手の年月は、世界のテノールにも山あり谷ありで、その人生は安泰の人生というより、波乱の人生だった。
世界中を回り、輝かしい名声と成功を手に入れつつも イタリアが世界に誇るミラノのスカラ座で 観客に口笛を吹かれて、「もうスカラ座では歌わない」とパヴァロッティが怒ったというエピソードも残っている。
確かに耳が肥えているからか、イタリアの観客は本当に厳しい。自国が世界に誇るテノールでもだめなときはだめ、下手だという文句の口笛を容赦なく吹く。
デビューしてまもないころならともかく、1983年のことというから デビューして22年目、もうベテランの域に入っていた彼にとって これほどの屈辱はなかったであろう。
もっともそれは、いいかえると、どんなに有名になっても彼はいつも真剣勝負を強いられていたということで、そしておそらくだからこそ、46年間も歌い続けられたのかもしれなかった。

その一方で、60歳になってから、当時26歳の、アシスタントをしていた女性と再婚した。それまでずっと36年間そばで支えてきてくれた奥さんを捨てて、若い女性に走った典型みたいに思われて、イタリア中の女性を敵に回したのはそのころである。
脱税が問題になったことや、年中ダイエットと戦っていたが、どうしても好きな食べ物は我慢できなかったとか、非常に人間くさい一面も披露した。
2003年には67歳にして新しい奥さんとの間に赤ちゃんが生まれたが、双子のうち一人を生まれた直後に亡くしてしまう、そんな人生の光と影を経験したのも一般市民と変わりはない。

その人間くささの故か、或いは音楽を限りなく愛したためか、パヴァロッティはオペラを一般のひとに近づけるという 大変なことを成し遂げた人でもある。
オペラというと、どうしてもポップスやロックに比べて高尚な音楽で、なかなか素人には難しいと思っている人が多い。
オペラ歌手はきちんと声楽を勉強した優等生で、同じ歌手でもロック歌手とはレベルが違うというわけだ。
オペラを見に行くときはきちんとおしゃれしなければならないとか、チケットも高いとか、オペラを一般の人から遠ざける理由はいくつもみつかる。
実際私もミラノに来るまではそう思っていた。

ところがイタリアに来て、別にオペラに限らず たとえばちょっといいレストランに行くときとか、或いはただ夜ちょっと町へ出掛けるだけでも、家に帰って着替える、夜は普段よりちょっとおしゃれして出掛けることをごく普通にやっている人たちを見て、まず着替えることに気持ちがそれほど大げさでなくなった。オペラに行く人がジャケットにネクタイをするのは、場にあった服装をすると言う意味では ハードロックのコンサートに出掛けるのに、会社帰りの人がネクタイをはずし、皮のジャケットや破れたジーンズに着替えるのとよく考えてみれば同じなのかもしれない。
オペラのストーリーはもちろん分かったほうが楽しいが、事前に勉強できなければパンフレットを買ってよんでもいい。
難しいオペラがあることは否定しないが、たとえばカルメンなどは有名な曲が次々と流れて楽しいし、マダム・バタフライの西洋の演出家が考えた日本のイメージ、或いは衣装も興味深い。
歌詞の字幕は手元のスクリーンで数ヶ国語ででるし、年齢や通う層も想像していた以上に幅広い。つまり少なくともミラノでは スカラ座に行った若者が 翌日にはサンシーロスタジアムでACミランやインテルを応援していても全く不思議ではないのである。
チケットは確かに普通のコンサートより高いかもしれないが、それとて天井桟敷や階の高いところへ行けばグーンと安くなる。

そしてこの上さらに パヴァロッティは、オペラを一般の人に近づけたために、ポップスやロックの歌手たちと一緒にコンサートを開いたのである。
パバロッティ&フレンドと題した 1年に一回のチャリティーコンサートでには 毎年人気のあるロック歌手を招待し、彼らは一緒にデュエットをしたのである。
エルトン・ジョンや、セリーヌ・ディオン、あとイタリアでは人気のある、ズッケロとかジョバノッティらと一緒にポップスを歌うパヴァロッティの歌声に感動した人は多いはずだ。
世界3大テノールとしての彼の功績はたしかに輝かしいものに違いないが、音楽は皆同じ、音楽はジャンルが違ってもまずは楽しむためのものというメッセージを自ら実証して広めたことを ぜひ記憶に残したい。

スカラ座も夏休みを終えて9月からまたオペラを再開した。
これを機会にちょっとおしゃれをして一度オペラを鑑賞に行くというのはどうだろうか?
オペラが似合うのは秋、そして冬、まさにこれからです。

 


2007/12/27

ITALY WEB SITE 
英語で楽しめるイタリアの注目WEBサイトの紹介


「ヴェネツイアのカーニバル」サイト
http://www.carnivalofvenice.com


多くの人を虜にする「ヴェネツイアのカーニバル」のすべてを紹介するサイト。 カーニバルの歴史、仮面の話、過去のカーニバルの内容、そして1月25日から2月5日まで開催される2008年版のイベントプログラムまで掲載。



2007/12/27
編集後記
12月のソレントで 
- 伝統と革新 -

ミラノの12月7日は市の守護神サンタンブロージョのお祭りで祝日。この短い連休を利用して南イタリアのソレントを訪れた。紺碧の海に浮かぶソレント半島全体に特産のレモンが栽培されているが、地元特産のリモンチェッロ・メーカー、ヴィッラ・マッサVilla Massa社の主催で開催された「ソレント食文化デーGiornate Gastronomiche Sorrentine 」に参加するためだ。これは、グルメで名高いカンパーニア州(州都ナポリ)、特にソレント半島地域の特産農食品&ワイン、伝統的料理、食文化を広く知らしめることを目的としたもの。
ナポリ民謡「帰れソレントへ」でも有名なこの地は切り立った海岸線、息を呑むような美しいパノラマが訪れる人を魅了する。夏のイメージが強いが、冬も温暖で過ごしやすい。チェントロ・ストリコを少し入ると何百と連ねる商店や職人工房が集積しておりそぞろ歩きが楽しい。町の中心タッソ広場のクリスマスツリーや市内のイルミネーションの華麗さからも、歴史ある観光都市として世界中からの賓客を迎えて、磨かれてきたセンスが伝わってくる。

イベントの目玉は「食文化の主役大賞」A teatro con i protagonistiの授賞式。食文化の分野で優れた貢献を行った内外の人材3名が表彰された。「マッサ大賞」を授賞した3名の中で特に印象的だったのは、ソレントとポジターノの間の小さい町にあるRistorante Don Alfonso 1890 のオーナーシェフ、アルフォンソ・ラッカリーノ氏の話だ。ミシェラン二星の名門レストランで、本年10月にニューヨークタイムスで「死ぬ前に行きたい世界の10のレストラン」の一つに選ばれてもいる。使用する食材へのこだわり、調理法への研鑽で特に名高い。
司会者が興味深い質問をした。地元には海の幸・大地の幸、おいしい食材が豊富、従来の素朴な料理をだすトラットリアも繁盛している。なぜそこまで「挑戦するのですか」と。アルフォンソさんの答えは明確だった。「伝統は大事。でも、毎日使う食材についてもゼロから見直し徹底的にこだわることでその食材の可能性もみえてくる。調理法も同じ。研究を重ねることで新しい世界が広がる」「伝統を重視しつつ、イノヴァツィオーネ(革新)を継続することが我々の使命です」

その言葉をきいて、10年以上も前に、東京で開かれた「ミラノ&ロンバルディア州クラフト・アート展」の企画コーディネートを担当したのエピソードを思い出した。同州から来日した代表者数名を東京にある「手工芸品展示センター」にお連れした時のことだ。そこに並んでいる日本各地の手工芸品をみて、一行はつまらなそうな顔をした。「どうなさいましたか」と問うと、「我々は、昔からのもの、同じものをそのまま複製して作っている職人とは違う。伝統的技術は大切にするが、その技術を伝承しつつも現在の住宅環境にあう新しい製品、新たなデザインのものをつくるように各人が切磋琢磨している。だからこそ、現在も世界で通用する手工芸品を我々は創っているのです」

12月のソレントで改めて「伝統と革新」にこだわるイタリアの底力に触れることのできたような気がした。

参考サイト  www.villamassa.com   www.donalfonso.com


2007年12月27日
JIBO編集室
大島悦子 (Etsuko Oshima)

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