JAPAN-ITALY Business On-line
0 BUSINESS ON-LINEITALY NEWS

COFFEE

2007/10/31

HOTなエスプレッソITALY WEB SITE編集BACK NUMBER

HOTなエスプレッソ 



田中ちひろ

京都生まれ 大阪外国語大学イタリア語科卒業、88年イタリアのシエナに留学。91年よりミラノ在住。 著書「普段着のミラノ案内」(晶文社)をはじめ、新聞、雑誌、インターネットサイト等に執筆。三井住友海上ミラノオフィス勤務。 

 

2007/9/25

51. 「近くなったオペラ」

9月のはじめ、世界3大テノールの一人といわれたルチアーノ・パヴァロッティが71歳でなくなった。
すい臓がんの手術を去年受けて、一時はかなり元気になっていたのが、夏の後半くらいから、また体調を崩してしまったのだそうだ。
かなり容態が悪いという段階から、そのニュースは世界中に報道され、なくなったときには日本や西洋諸国だけでなく、中国やアラブ、アフリカの国々でもトップ記事となった。世界中からお悔やみの言葉が届き、お葬式には イタリアの大統領、首相をはじめ、世界のそうそうたるメンバーが参列した。もちろん何千人という一般の人、オペラファン、音楽ファンも 最後のお別れをするため、はるばる彼の住んでいた町のモデナの聖堂につめかけた。
その幅広い人気は、音楽が政治思想を超え人々の心に何かを伝える証だといえるかもしれない。

パヴァロッティを送る催しとしては 彼が1961年にデビューした「ボエム」が そのデビューの場所であるモデナの私立シアターで上演された。
61年デビューということは 46年間歌い続けたということになる。

長いオペラ歌手の年月は、世界のテノールにも山あり谷ありで、その人生は安泰の人生というより、波乱の人生だった。
世界中を回り、輝かしい名声と成功を手に入れつつも イタリアが世界に誇るミラノのスカラ座で 観客に口笛を吹かれて、「もうスカラ座では歌わない」とパヴァロッティが怒ったというエピソードも残っている。
確かに耳が肥えているからか、イタリアの観客は本当に厳しい。自国が世界に誇るテノールでもだめなときはだめ、下手だという文句の口笛を容赦なく吹く。
デビューしてまもないころならともかく、1983年のことというから デビューして22年目、もうベテランの域に入っていた彼にとって これほどの屈辱はなかったであろう。
もっともそれは、いいかえると、どんなに有名になっても彼はいつも真剣勝負を強いられていたということで、そしておそらくだからこそ、46年間も歌い続けられたのかもしれなかった。

その一方で、60歳になってから、当時26歳の、アシスタントをしていた女性と再婚した。それまでずっと36年間そばで支えてきてくれた奥さんを捨てて、若い女性に走った典型みたいに思われて、イタリア中の女性を敵に回したのはそのころである。
脱税が問題になったことや、年中ダイエットと戦っていたが、どうしても好きな食べ物は我慢できなかったとか、非常に人間くさい一面も披露した。
2003年には67歳にして新しい奥さんとの間に赤ちゃんが生まれたが、双子のうち一人を生まれた直後に亡くしてしまう、そんな人生の光と影を経験したのも一般市民と変わりはない。

その人間くささの故か、或いは音楽を限りなく愛したためか、パヴァロッティはオペラを一般のひとに近づけるという 大変なことを成し遂げた人でもある。
オペラというと、どうしてもポップスやロックに比べて高尚な音楽で、なかなか素人には難しいと思っている人が多い。
オペラ歌手はきちんと声楽を勉強した優等生で、同じ歌手でもロック歌手とはレベルが違うというわけだ。
オペラを見に行くときはきちんとおしゃれしなければならないとか、チケットも高いとか、オペラを一般の人から遠ざける理由はいくつもみつかる。
実際私もミラノに来るまではそう思っていた。

ところがイタリアに来て、別にオペラに限らず たとえばちょっといいレストランに行くときとか、或いはただ夜ちょっと町へ出掛けるだけでも、家に帰って着替える、夜は普段よりちょっとおしゃれして出掛けることをごく普通にやっている人たちを見て、まず着替えることに気持ちがそれほど大げさでなくなった。オペラに行く人がジャケットにネクタイをするのは、場にあった服装をすると言う意味では ハードロックのコンサートに出掛けるのに、会社帰りの人がネクタイをはずし、皮のジャケットや破れたジーンズに着替えるのとよく考えてみれば同じなのかもしれない。
オペラのストーリーはもちろん分かったほうが楽しいが、事前に勉強できなければパンフレットを買ってよんでもいい。
難しいオペラがあることは否定しないが、たとえばカルメンなどは有名な曲が次々と流れて楽しいし、マダム・バタフライの西洋の演出家が考えた日本のイメージ、或いは衣装も興味深い。
歌詞の字幕は手元のスクリーンで数ヶ国語ででるし、年齢や通う層も想像していた以上に幅広い。つまり少なくともミラノでは スカラ座に行った若者が 翌日にはサンシーロスタジアムでACミランやインテルを応援していても全く不思議ではないのである。
チケットは確かに普通のコンサートより高いかもしれないが、それとて天井桟敷や階の高いところへ行けばグーンと安くなる。

そしてこの上さらに パヴァロッティは、オペラを一般の人に近づけたために、ポップスやロックの歌手たちと一緒にコンサートを開いたのである。
パバロッティ&フレンドと題した 1年に一回のチャリティーコンサートでには 毎年人気のあるロック歌手を招待し、彼らは一緒にデュエットをしたのである。
エルトン・ジョンや、セリーヌ・ディオン、あとイタリアでは人気のある、ズッケロとかジョバノッティらと一緒にポップスを歌うパヴァロッティの歌声に感動した人は多いはずだ。
世界3大テノールとしての彼の功績はたしかに輝かしいものに違いないが、音楽は皆同じ、音楽はジャンルが違ってもまずは楽しむためのものというメッセージを自ら実証して広めたことを ぜひ記憶に残したい。

スカラ座も夏休みを終えて9月からまたオペラを再開した。
これを機会にちょっとおしゃれをして一度オペラを鑑賞に行くというのはどうだろうか?
オペラが似合うのは秋、そして冬、まさにこれからです。

 


2007/10/31

ITALY WEB SITE 
英語で楽しめるイタリアの注目WEBサイトの紹介


ジェノバの国際ボートショー
http://www.salonenautico-online.it/

10月6日から14日までジェノバで開催されたSalone Nautico di Genova(国際ボートショー)には内外1500のメーカーが2300隻の最新のヨット、小型船舶を出展。豪華ヨット生産に強いイタリアの動向は2006年前年比18%増と好調。


2007/10/31
編集後記
- トリノの「サン・カルロ広場」 -

仕事の関係でイタリア各地を旅行することが多いが、何度行ってもよくも悪くもいつも同じ印象を受ける場所もあれば、訪れるたびに変化を感じる都市もあることに気付く。後者の最たるものがピテモンテ州のトリノだろう。

最初にトリノに行ったのは1990年の冬。寒く、暗く、クローズな都市というイメージが第一印象。その後、様々な仕事でトリノに行く機会は多く、これまでに通算して40-50回以上はこの地を訪れただろうか。
「暗く、クローズな都市」というイメージは、昨年2月のオリンピック開催を契機に大きく変わった。開催前の何年かは、町中が大工事で何が何だかわからない有様だったが、オリンピックの喧騒が収まった今、トリノの町は以前とは比較できないほど歴史的風格のある開かれた町に様変わりしている。修復を終えた広場、大通り、トリノ名物のポルティコ(柱廊建築)、歴史的建築物、モニュメント、刷新したショップなどなどを地元の人が楽しそうに散歩する姿をみて、トリネーゼの友人は、「以前には考えられないこと」とつぶやく。

とはいえ、ミラノからトリノは列車で1時間半と近距離なこともあり、これまで仕事でトリノへ行く際はいつも「日帰り」。一度ゆっくり市内を散策したい!!そう思っていた私は、トリノの友人の招きを受けて、10月半ばの週末を大喜びでトリノで過ごすことにした。友人とチェントロストリコや博物館を歩きまわり、夕方近くにサン・カルロ広場そばを通ると、広場に市長を含め、市民がいっぱい集まっている。広場の真ん中には真っ赤な大きな布が山形をしてかかっている。この広場の中心にある「エマヌエーレ・フィリベルトの騎馬像」が11ケ月の修復を終えて、市民に一般公開されるオープニングセレモニーの始まるところだったのだ。夕闇が迫ってくるころ、「エマヌエーレ・フィリベルト」の衣装をつけた男性を乗せた工事用大型クレーンが高く上り、その上から赤い布を引っ張って、一気にこの「騎馬像」を披露するという大イベントが始まるところだったのだ。

このサン・カルロ広場、もともとはトリノの優雅な「客間」サロットとして知られ、歴史的なカフェがいくつもある広場ながら、長い間「駐車場」に成り果てていていた。オリンピック計画を機に、広場を全部掘り起こす大工事をして地下駐車場を完備。駐車場上を改めて広場に整備し、この夕方、広場のシンボルの騎馬像が市民の前に戻ってきたのだ。新しい広場や駐車場をつくるのと比べ何倍もの費用と時間をかけて、歴史的広場の往年の輝きを取り戻す取り組み。トリノの町が美しくなったのは、無数のこのような取り組みの集大成の結果なのだろう。ヴェルディの音楽をバックに市民の大きな拍手と歓声の中で騎馬像が姿をあらわすのをみながら、そんなことを思った。


2007年10月31日
JIBO編集室
大島悦子


TOP

ご質問・ご意見は/e-mail:jdesk@japanitaly.com
www.japanitaly.com
(C)Japan Plus Italy Co.,Ltd All right reserved.