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COFFEE

2007/3/31

HOTなエスプレッソITALY WEB SITE編集BACK NUMBER

HOTなエスプレッソ 



田中ちひろ

京都生まれ 大阪外国語大学イタリア語科卒業、88年イタリアのシエナに留学。91年よりミラノ在住。 著書「普段着のミラノ案内」(晶文社)をはじめ、新聞、雑誌、インターネットサイト等に執筆。三井住友海上ミラノオフィス勤務。 

 

2007/1/31

49. 「バレンタインデー」

つい先日、イタリアの有名なお菓子屋さんの小さな一角にバレンタインデー用のハート型のチョコレートをみつけて、日本の”バレンタインデー”を思い出した。
世界中から集められたチョコレートが所狭しと並ぶ日本のデパートや小売店。ミルクやダークチョコレートにトリュフ、ピスタチオなどのナッツ入りやオレンジの皮が入ったもの、シェリー、ブランデーなどの洋酒入り、バニラ、シナモンなどのスパイス、最近ではペペロンチーノ、ペパー入りなどとその種類は限りない。
さらには、日本ならではの美しいパッケージ、いろんな趣向を凝らした楽しいチョコレート....こちらでは見られないそういうバレンタインデーの光景が、人ごみもさりながら懐かしい。 

チョコレート発祥の地は古代アステカ文明(今の中南米)といわれている。
「滋養強壮効果のある神秘的な薬」としてカカオをすりつぶしたものが重宝されていたその地から ヨーロッパにカカオを伝えたのがスペイン人。
そのすりつぶしたカカオに脂肪分(ココアバター)と砂糖、粉乳を加えるとチョコレートができあがる。
その官能的な味覚は昔から多くの人、特に女性を魅惑し続け、聞くところによると世界にイタリアが誇るプレーボーイ、カサノバが女性を口説くときに使った武器、これがチョコレートだった。
そんなチョコレートが愛をたたえるバレンタインデーが繋がったのも不思議な縁だ。

そもそもバレンタインの由来はイタリアにある。のちに聖人となったバレンタイン、イタリア人なので本来はヴァレンティーノ神父はローマの少し北にあるテルニという町に住んでいた。貧しい人や困っている人を常に助け、その小さな町で生涯を終えたそのひとが後年、”愛の神父”と言われるようになったのは、彼こそがキリスト教とそうでない人との結婚を初めて祝福した神父だったからだという。彼が殉教したのが273年というから、時はまだキリスト教が認められていなかったローマ帝国時代。自らの命を懸けたその祝福、信仰の違いをこえてなにより愛を祝福したその神父をたたえるために、いまでも毎年テルニのバレンタインを祭る教会には2月14日に世界中から人が集まる。

ところで日本の「バレンタインデーは女性が意中の人に愛を告白する日」という感覚はイタリア人にはない。
愛を祝福する人いうことでバレンタインデーは愛する人、恋する人をただ純粋に祝福し、感謝する日とされている。
男女ともがチョコレートの限らず何かをちいさなプレゼントする。男性が女性にバラの花を送ったり、ちょっとおめかしして二人だけのディナーを演出したり、或いは遠く離れた人にそのひとが大切なことを伝える、そんな特別の日なのである。

愛を祝福することに意味があるわけだから、その対象は別に恋人同士でなくてもかまわない。大切な家族や親友、同性でも大切な人にその気持ちを伝える、つまりハッピー、バレンタイン!の挨拶はとっても明るくて単純なものなのだ。
忙しくてストレスの多い毎日、自分を大切に思ってくれている人がいることを思い出させてくれる優しい言葉は多くの人が今一番必要としていることなのかもしれない。
本来ならバレンタインデーではなく、毎日でも伝えたいその言葉を、せめてこの機会に伝えたい。

 


2007/3/31

ITALY WEB SITE 
英語で楽しめるイタリアの注目WEBサイトの紹介


MiArt 2007  ミラノ近代・現代アート国際見本市
http://www.miart.it/default_e.asp

ミラノ見本市Fieramilanocityで3月30日から4月2日まで開催。Fiera Internazionale d'Arte Moderna e Contemporanea di Milano。イタリアをはじめ世界各国からアートギャラリーが出展し、コレクターとの商談の場となる近代・現代アートの大規模な見本市。今年で第12回目。同サイトの”photo gallery 2007 では主要ギャラリーの出展作品の画像をみることもできる。


2007/3/31
編集後記
- イタリアの「林檎FUJI 」 - 

イタリアを本拠地として日本に年3〜4回定期的に一時帰国する生活をおくっていると、イタリア人からも日本人からも「家ではイタリア料理、日本料理、どちらを食べているの」と聞かれることが多い。
食べることも料理も好き、イタリア料理も日本料理も好き、白いご飯もリゾットもパスタも好き、という私にとっては食べたいものが沢山あり、どこで何を食べるかというのはかなり重要なテーマである。試行錯誤しチャンポンとなった時期もあるが、この数年は家で食事をする際はイタリアではイタリアのもの、日本では日本の料理をつくって食べることで落ち着いている。イタリアで日本風料理をつくるのはイタリアの友人・知人を家に招く時くらいだ。いってみればローマ方式、すなわち、郷に入れば郷に従いというスタイル。住む土地で普通に手に入る食材や調味料を料理し食べるのが自然で無理がないと思うからだ。

したがって、朝食も、イタリアではエスプレッソかカプチーノに朝食用ビスケット、日本では厚切り食パンのトーストと紅茶とメニューはかわるが、イタリアにいても日本にいてもほぼ毎日食べる共通のものがある。それは朝のリンゴ「フジ」だ。昔からリンゴが好物で毎日食べていたが、イタリアに来て間もないころ、近くの青空市場で、「FUJI」という手書きの札がささっているリンゴの山をみたときの感動は今でも忘れられない。日本の「フジ」がイタリアにあるの??? イタリア産のFUJIを早速購入してみると、あのジューシーで歯ざわりのいい日本のフジそのものだった。とはいえ当時は、野菜・果物店だけで50-60店は並ぶ近くの青空市場で、FUJIを置いてあったのは2-3店。それから15年余たった今、ミラノではスーパーはもちろん、青空市場の八百屋でも3店に1店はおいてあるほどFUJIは普及してきた。1キロで1.5−2.0ユーロ程度と価格はリンゴの中では最も高い。市場の八百屋のオジサンに、「フジはどう?」ときく「世界一のリンゴだ。うちでは10年以上前から扱っているよ。最高だ」といってくれてこちらまで嬉しくなる。別の店の若い店員に「知っている?フジって日本のリンゴなのよ?」というと、「知っているよ。いいリンゴだ。でもこれはMade In Italyだよ」といってくれる。リンゴに「よく頑張ってここまできたわね」と誉めてあげたいほどの奮闘振りだ。

今月3月5日、日刊新聞コッリエーレ・デッレ・セーラを開いてあっと驚いた。「MELE FUJI Marlene。この甘さを是非お試しください」というタイトルでリンゴフジの全面広告が掲載されていたからだ。「C'era una volta in Giappone ・・・・」(昔々、日本で ・・・・・) で始まり、「有名な日本の噴火山、富士山から名前をとったリンゴフジの品質は、1939年に遠い日本で始めて「発見」され、そこからFUJIの神話が生まれ・・・」とある。 イタリアとオーストリアの国境近くにある北イタリアのボルザーノのリンゴ生産組合の広告だ。
ローマやフィレンツエに住む友人などの話では、あのあたりではまだそれほどフジは浸透していないようだ。ミラノや北イタリアで勝ち得たポジションを、イタリア全国に広げようというのがこの広告キャンペーンの趣旨のようだ。5年後にはナポリやシチリアの家庭でもFUJIが食卓にのぼるようになるかもしれない。


2007年3月31日
JIBO編集室
大島悦子


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