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2007/1/31

HOTなエスプレッソITALY WEB SITE編集BACK NUMBER

HOTなエスプレッソ 



田中ちひろ

京都生まれ 大阪外国語大学イタリア語科卒業、88年イタリアのシエナに留学。91年よりミラノ在住。 著書「普段着のミラノ案内」(晶文社)をはじめ、新聞、雑誌、インターネットサイト等に執筆。三井住友海上ミラノオフィス勤務。 

 

49. 「バレンタインデー」

つい先日、イタリアの有名なお菓子屋さんの小さな一角にバレンタインデー用のハート型のチョコレートをみつけて、日本の”バレンタインデー”を思い出した。
世界中から集められたチョコレートが所狭しと並ぶ日本のデパートや小売店。ミルクやダークチョコレートにトリュフ、ピスタチオなどのナッツ入りやオレンジの皮が入ったもの、シェリー、ブランデーなどの洋酒入り、バニラ、シナモンなどのスパイス、最近ではペペロンチーノ、ペパー入りなどとその種類は限りない。
さらには、日本ならではの美しいパッケージ、いろんな趣向を凝らした楽しいチョコレート....こちらでは見られないそういうバレンタインデーの光景が、人ごみもさりながら懐かしい。 

チョコレート発祥の地は古代アステカ文明(今の中南米)といわれている。
「滋養強壮効果のある神秘的な薬」としてカカオをすりつぶしたものが重宝されていたその地から ヨーロッパにカカオを伝えたのがスペイン人。
そのすりつぶしたカカオに脂肪分(ココアバター)と砂糖、粉乳を加えるとチョコレートができあがる。
その官能的な味覚は昔から多くの人、特に女性を魅惑し続け、聞くところによると世界にイタリアが誇るプレーボーイ、カサノバが女性を口説くときに使った武器、これがチョコレートだった。
そんなチョコレートが愛をたたえるバレンタインデーが繋がったのも不思議な縁だ。

そもそもバレンタインの由来はイタリアにある。のちに聖人となったバレンタイン、イタリア人なので本来はヴァレンティーノ神父はローマの少し北にあるテルニという町に住んでいた。貧しい人や困っている人を常に助け、その小さな町で生涯を終えたそのひとが後年、”愛の神父”と言われるようになったのは、彼こそがキリスト教とそうでない人との結婚を初めて祝福した神父だったからだという。彼が殉教したのが273年というから、時はまだキリスト教が認められていなかったローマ帝国時代。自らの命を懸けたその祝福、信仰の違いをこえてなにより愛を祝福したその神父をたたえるために、いまでも毎年テルニのバレンタインを祭る教会には2月14日に世界中から人が集まる。

ところで日本の「バレンタインデーは女性が意中の人に愛を告白する日」という感覚はイタリア人にはない。
愛を祝福する人いうことでバレンタインデーは愛する人、恋する人をただ純粋に祝福し、感謝する日とされている。
男女ともがチョコレートの限らず何かをちいさなプレゼントする。男性が女性にバラの花を送ったり、ちょっとおめかしして二人だけのディナーを演出したり、或いは遠く離れた人にそのひとが大切なことを伝える、そんな特別の日なのである。

愛を祝福することに意味があるわけだから、その対象は別に恋人同士でなくてもかまわない。大切な家族や親友、同性でも大切な人にその気持ちを伝える、つまりハッピー、バレンタイン!の挨拶はとっても明るくて単純なものなのだ。
忙しくてストレスの多い毎日、自分を大切に思ってくれている人がいることを思い出させてくれる優しい言葉は多くの人が今一番必要としていることなのかもしれない。
本来ならバレンタインデーではなく、毎日でも伝えたいその言葉を、せめてこの機会に伝えたい。

 


2007/2/28

ITALY WEB SITE 
英語で楽しめるイタリアの注目WEBサイトの紹介


イタリア共和国上院 SENATO DELLA REPPUBLICA
http://www.senato.it/english/default.htm

プローディ政府発足後9ケ月の2007年2月、はやくも「政治危機」をひきおこす舞台となったイタリア共和国上院の公式サイト。なお、イタリア語版サイト http://www.senato.it/ では、上院の実況生中継「SENATO TV」を見ることができる。(2007年2月28日記)



2007/2/28
編集後記
- 日本食ブームとポポロ屋の30年間 - 

このところ、仕事でもプライベートでも初対面のイタリア人と話をしていて必ず聞かれる質問がある。「どこの日本料理店がおすすめ?」というものだ。 イタリアのSUSHIブーム、日本食ブームは過熱する一方だ。そして今日(2月28日)のミラノ情報誌「VIVIMILANO」(新聞コッリエレ・デッラ・セーラの付録)を見ると第一面に「誰もがスシに夢中!」"Tutti pazzi per il sushi"という大タイトルが踊っている。

実際、この2〜3年、毎月のように新しい日本食レストランのオープンしているミラノだが、ミラノで日本人はもとより、地元のイタリア人から長年強く支持され、いつも満員のお店といえば、いうまでもなく老舗のポポロ屋さんだろう。

ポポロ屋店主の平澤さんは、若いころ、日本の料理界の権威で本格的なフランス料理を日本に紹介した辻静夫氏の辻料理学園で日本料理を学んだ。辻校長のすすめで1972年にローマの東京レストランに料理人として赴任。いいスシをつくるための「日本米」をつくることからはじめた。イタリアの米作りの本場、ヴェルチェッリに日本の米を持込み地元農家で満足の行く「スシの米」をつくってもらうのに3年かかったという。米の次は日本の野菜づくり。さらには味噌、豆腐、漬物、カマボコなどの食材づくりのために日本に戻って研修を受け機械も持ってきてイタリアでつくった。77年からはミラノのポポロ屋の店長も兼務。当時は弁当配達や持ち帰りのみ。その後ローマからミラノに本拠地を移し本格的なスシをスタート。 当初は客は日本人だけ。日本食やスシを食べるのは日本や日本文化を理解しているほんの一部のイタリア人だけ。日曜にはPRもかねて、要望があればフィレンツエやヴェネツイアにも食材を持って車を走らせ全部自分で出前をしたという。現在、イタリアの日本食レストラン協会会長もつとめる。

平澤さんは今も毎朝、5時半にミラノの中央市場に魚を買いにいく。いい素材を使って日本人として魚のよさを伝えたい。この店はマラソンでいいと思っていますと語り、毎日スシを握る平沢さん。 「辻の校長が"やってみないか"と言ったので来たのです。"イタリアにはイタリア料理という素晴らしいものがあるので、日本食なんてなかなか伸びるものではないよ"それをきいたので、"やってみようかと"」

今年で開店後30年になるポポロ屋さんが、この1月に新しい日本食レストランSHIROをオープンした。イタリアで生まれ成長し、日本で料理を学んだお子さんたちが新店舗を運営していくという。先日、私もいってみたが、明るく機能的な新しいお店はイタリア人のお客さんでいっぱいだった。店舗は新しくなっても、手ごろな価格で料理の味は本格的というポポロ屋のコンセプトが変わらないところが嬉しい。イタリアにおける日本食普及に体当たりで取り組んできた平澤さん、平澤ジュニアの活躍する時代を迎えて、辻校長が生きていらしたらイタリアの日本食ブーム、どのような報告をするのだろうか。

SHIRO Via Eustachi 20,20129 Milano Tel 02-29512635
イタリアの日本食レストランガイド


2007年2月28日
JIBO編集室
大島悦子


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