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2003/05/01

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HOTなエスプレッソ 



田中ちひろ

京都生まれ 大阪外国語大学イタリア語科卒業、88年イタリアのシエナに留学。91年よりミラノ在住。 著書「普段着のミラノ案内」(晶文社)をはじめ、新聞、雑誌、インターネットサイト等に執筆。三井住友海上ミラノオフィス勤務。 

 

34. イタリアのメーデー


祝日のメーデー、5月1日労働者の祭典の歴史はなんと1886年にさかのぼるのだそうだ。 その年の5月1日にアメリカのシカゴで労働者のデモ行進に対して警察が発砲し多くの犠牲者を出した上にデモを計画した8人が死刑の宣告を受けた。
その3年後フランスの議会で、労働者と社会主義者たちが労働者の権利と労働条件の改善を訴えるのに 「各地でばらばらでやらないで世界中で団結して同じ日にやろうではないか」と呼びかけ、シカゴでの事件を忘れないためにと5月1日という日が選ばれたという。
イタリアの労働者たちがその呼びかけに応じたのがその翌年の1890年。その動きを阻止しようとする当時の政府と最初の数年は激しい衝突が起こるが、そんな中で労働党、社会党が生まれ、労働者はすこしづつその権利を勝ち取っていく。
当時ミラノは人口40万、1980年代よりおこっていたスト、デモ、労使間の闘争はその激しさを増していた。
それにしてもミラノで行われたその最初のメーデーデモでの労働者側の要求が、一日8時間労働と会社による年金積み立てというのには驚いてしまう。

メーデーにはイタリア中でデモ行進が計画される。
労働組合が非常に強いイタリアでは、それぞれの組合がテーマを掲げ、何万という市民が町の中心の広場を目指して行進する。
今年のテーマはイラク戦争の関係で「平和の再建」と「Article 18」
Article 18というのは労働者の権利を守る法律の18条のことで この条項の変更がここ1年ほどずっと問題になっている。

18条、会社から解雇を言い渡された従業員は雇用者を訴え、その解雇に正当な理由がなければ 従業員は元の職場に復帰する権利を有する、つまり雇用者側から見ると解雇できないという法律で 15人以上の従業員のいる会社に適用されている。
正当な理由というのは、会社側の経済的組織編成がある場合、或いは従業員側に会社規定を守らないとかずる休みが続くなどその行動に問題がある場合、従業員の仕事に対する適正に深刻な問題がある場合などで、それが証明できなければ 解雇は成り立たない。会社を訴えた従業員は判決の後、会社に復帰するか、あるいは15ヶ月の給与を請求でき、どちらを選ぶかを決めるのは従業員側とある。
今回問題になっているのは、この条項を15人以下の会社にも当てはめるか否かということだ。
労働者は皆同じ枠で保護するべきだという主張の前に、その適用がいろんな意味で逆に労働者の立場を悪くするのではないかという懸念がある。
簡単に解雇できないとなると正規採用をしぶる会社がますます多くなり、そうでなくても多いNERO(正規ではない採用、普通は税金逃れのために行われる)をますます助長する恐れもある。
家族経営の中小企業が圧倒的に多いイタリアでこれをあてはめてしまうと経済的に命取りとなり、労働者の権利どころか会社自体の存在を脅かすという意見....
不景気、株式の低迷、失業者の問題......組合の間でもなかなか意見がまとまらない。 時代が時代だけに、労働者側と雇用者側が自分の権利を守るためだけに争っていては共倒れになるやもしれない....

そんな中で今年の5月1日は ミラノでは、メーデーの歴史始まって以来、初めて地下鉄やバスが市内を走った。
仮設の美術芸術展や一部の博物館もオープンし、今まで頑として働かなかった人たちが働いた。
デモ行進の後に広場で行われたコンサートで圧倒的に多かったのは 平和と共存を願うものだった。

平和と共存、メーデー誕生から100年以上の月日がたった今、メーデー自体のありかたも変わっていくのかもしれない。


 


ITALY WEB SITE 
英語で楽しめるイタリアの注目WEBサイトの紹介


www.milanoinfotourist.it
MILANO INFORMATION

ミラノ県(Provincia di Milano) が運営する「MILANO INFORMATION」 サイト。 TOURISM、 BUSINESS、ENTERTAINMENTの3分野について、わかりやすく、最新情報を紹介している。 ミラノ中心部については、現在の地図に加えて歴史地図もついている。ミラノを訪問する際のお勧めサイトのひとつ。





編集後記
- ミラノの街角で -
 


年4月25日は、イタリア解放記念日Anniversario della Liberazione d'Italia 。.1945年のこの日、イタリアはドイツ軍とファシズムから解放され、イタリアにとっての第二次大戦は終了した。

祭日をいいことに寝坊をし、新聞を買いにマンションを降りると、「チャオ・ベッラ」の音が聞こえる。何かとみると、私のマンションの外壁の前に10人ほどの人が集まって上を見ている。

1年に一度、花輪を交換するセレモニーなのだった。壁を見上げると、交換されたばかりの新しい花輪が飾られそのすぐ上に古い石のプレートがみえる。イタリア解放のために戦って亡くなったレジスタンスの闘志に捧げられたものだ。直訳するとこういう内容が記されている。
「自由のためにその青春を捧げた
ジョルジョ・ディ・サンティは
ここに住んでいた

1923年ミラノに生まれ
1945年チェルヴィーナ・デル・フリウリで没する」 

花輪交換の行事を、警官の乗ったパトカーが一台、静かに見守っている。亡くなった青年と同じ位の年齢だ。
300メートル位の距離にある新聞売店への往復の道の両側に、なんと5ケ所も、石碑と花輪があった。どれも、1923年、24年生まれの青年のものだ。

自分の住む街のもうひとつの顔を発見したような気がした。  (E.O).



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