田中ちひろ
京都生まれ 大阪外国語大学イタリア語科卒業、88年イタリアのシエナに留学。91年よりミラノ在住。
著書「普段着のミラノ案内」(晶文社)をはじめ、新聞、雑誌、インターネットサイト等に執筆。三井住友海上ミラノオフィス勤務。
その名はBOOKCROSSING、本を読んでそれを人にパスしていく、ただ
それだけの単純なことなのだが、インターネットのおかげで ちょっとユートピ
ア的な夢のあるものとなった。
仕組みはとても簡単。
なにかの本を読んだとする。その本にとても感銘して誰かにそれを伝えたいと思
う、或いは感動を共有したいと思う。そうしたらその本を人目につきやすい、雨
などのかからない安全な場所にそっと放置する。
本を何処かに置いたら、BOOKCROSSINGのサイト(www.bookcrossing.com)に接続して、自分の二ックネームと一緒に、放置した本の名前、置いた場所、日付、そして簡単な感想をレジスターする。
一方、本を見つけた人は、本を見つけたこと、本を読み終わったらその感想、そ
して次にまたどこかにその本を放置して、その情報を載せて、次へ送っていく。
こうして本を放置した人は、自分が共有したかった本がいったい誰に読まれて、
どこまでいくのかをずっとネット上で追うことができるのである。
もちろん“本捜し”から参加してもいい。
同じくそのサイトにつながれば、いつ、どこに、だれが(ニックネーム)、どん
な本を置いたかが分かるから、それを捜しにいくこともできるからだ。
本当に置き忘れられた本や捨てられた本との見分けができるように、サイトに入
れば“意図的に置かれる本”に張るステッカーをダウンロードすることもでき
る。
別名“地球のライブラリー”。
読んだ本は、狭い家の本棚の片隅でほこりをかぶって眠ってしまうのではなく
て、地球のライブラリーに預けられて、縁のあった人がそれを借りてまた次に
送っていく。
立派な本でなくていい。サスペンスでも漫画でも、なにかを人と共有することに
意味がある。その輪が広がっていくことに意味がある。
BOOKCROSSINGはそんなとっても純粋な哲学と、ネットという現代技
術がドッキングした楽しい企画といえるかもしれない。
そもそも始まりは、2年前、カンサスシティーに住む読書好きのITコンサルタ
ントが 興味本意のホビーとしてはじめたことにさかのぼる。
それが今や世界中に広まった。
そのサイトに入ってみたら、今日の時点で、どこかにおかれて拾われるのを待っ
ている本は、アメリカで約45000冊、イタリアで1600冊(その大半がミラノと
ローマ)、日本でも115冊ある。
ネット上のメッセージだけでは物足りず、ミラノではBOOKCROSSINGに共鳴した人
たちが、実際に会って本について語り合う会合まで行われるようになった。
このムーブメントにすっかり心を奪われたイタリア人の友達は、自分の本が世界
中を旅することに心待ちにしている。
そんな彼女はそのために、わざわざ英語で本を読み、終わったら、空港までその
本を放置しにいく。
人との出会いと同じように本との出会いにも不思議なものがある。
その出会いのタイミング、それが伝えるメッセージは偶然の一言ですませられな
いこともある。
出会いを受け取るだけでなく、だれかにそんな出会いを贈れるかもしれない。
ひとつの本から夢は限りなく広がる。