田中ちひろ
京都生まれ 大阪外国語大学イタリア語科卒業、88年イタリアのシエナに留学。91年よりミラノ在住。
著書「普段着のミラノ案内」(晶文社)をはじめ、新聞、雑誌、インターネットサイト等に執筆。三井住友海上ミラノオフィス勤務。
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「LUNA PARK ルーナ・パーク (月の公園)」この季節になると一度は必ず耳にする言葉。イタリア人なら大人も子供も大好きな夜の遊園地のことである。名前は確かに綺麗だが、実際は、夢があふれるディズニーランドや最新技術を誇るような遊園地には程遠く、かなりちゃちな乗り物やゲームしか置かれていない。いったいどうして、こんなつまらないものが彼らは好きなんだろうと、イタリアにきた当初は、首をかしげたものだったが、
どうやら、遊園地自体はどうでもよく、要は、月の下で過ごせればなんでもいいんだということが、だんだんわかってきた。
イタリアの夏の夜はすごしやすくて美しい。日中はかなり気温があがるイタリアでも、湿気が少ないおかげで、夜はさらっとした空気が、実に肌に心地いい。それもあってか、イタリア中どこの町でも 夏になると、人々の活動の多くは屋外になる。食事をするのも外、コンサートも外、屋外映画、露天マーケット、文化的催しやパーティーが、町のいろんなところで企画され、
広場や通りは、ジェラート片手に散歩するひとであふれかえる。
そして、歩きながら、或いは、街角に腰掛けて、人々が必ず眺めるもの、それが、9時すぎに暮れていく空の色とそこに輝く月なのだ。
古今東西、月は人々に愛でられ崇拝され、人々の生活や文化に密着した存在だった。そんな中で、イタリアと日本では、月のとらえ方が違うのも面白い。
日本人が月に対して持つイメージは、かぐや姫が帰っていった美しい場所というふうにファンタジーたっぷりで夢があるのに対し、
イタリア人は「銀のお皿」など、かなり現実的。
日本人がウサギだとみる月の表面の影も、イタリアではゴルゴンゾーラチーズと身もふたもない。
「月のような」という形容詞は日本では美しいか、か弱いくて繊細と女性的なイメージだが、イタリアでは移り気だったり、うわの空とあまりいい意味には使われない。月を眺めることが大好きで、そういう意味ではとてもロマンチストなイタリア人なのに、と尋ねてみると、西洋では占星術の関係で、月が人の性格や状況に影響を与え、人を惑わすというふうに長く信じられてきたからだそうだ。
たしかに月が私たちに及ぼす影響は数多くある。潮の満ち干など自然の現象をはじめ、月が満ちていく時期は人は、恋に落ちやすいという統計もある。
その神秘は、ロケットで月にいける時代でも すべては解明されてほしくないと思うのは、私だけではないだろう。
ところでこの季節、イタリア全土では、スパークリングワインがビンに詰められる。前の年の秋に収穫され樽に入れられたワインは、通常は、秋まで待ってビンに移されるが、白のスパークリングワインだけは、この季節の、月が満ちていく時期に、ビンに移されなければならない。なんでも、月が満ちていくときは 引力の関係か、ワインの中のバクテリアが騒いで、自然にワインは発泡性を浴びるという。そして、これが月が欠けていくときに移されると、同じワインでもまったく発泡性を帯びないというから本当に不思議。
月の満ち欠け、月が引き起こす不思議で神秘に満ちたこと......
そんなことに思いをはせながら、愛する人と一緒にグラスを傾ける、そんな時、月は最高の演出をしてくれるに違いない。