田中ちひろ
京都生まれ 大阪外国語大学イタリア語科卒業、88年イタリアのシエナに留学。91年よりミラノ在住。
著書「普段着のミラノ案内」(晶文社)をはじめ、新聞、雑誌、インターネットサイト等に執筆。三井住友海上ミラノオフィス勤務。
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4月18日午後6時ごろ、目の前の同僚の電話が鳴った。
ミラノ中央駅前にあるロンバルディア州庁で働く彼女のいとこからだった。
「ビルに飛行機が突撃したらしい、すごい音がして、ガラスが崩れ落ちて、建物から火が出てる。でも私は大丈夫だから」
驚いた同僚が直ちにインターネットでニュースを探すと、その電話のほんの約数分前に、彼女の働くそのビルに飛行機が激突したという。
飛行機、高層ビル、突撃、
そう聞いただけで息苦しくなった。
インターネットのニュースを読む同僚の声に耳を傾けながら
事務所が静まり返った。
「とうとうミラノにまでやってきたか」
そうつぶやく別の声に背筋が寒くなる。
「なんで、また、おこるのよ、警備を厳しくしたんじゃなかったの!」
と声を荒げるまた別の同僚。
とりあえず、その周辺にいそうな友達や家族に連絡をとろうとすると、携帯電話はパンク状態でまったく通じない。
胸騒ぎがする。怒りが込み上げる。
このニュースを聞いた時、ミラノ中、いや、イタリアのみならず、世界中のほとんどの人がとっさに考えたこと、それはきっと同じに違いない。
1時間位たつと、さらに詳細が明らかになってきた。
その高層ビルに突っ込んだのは、スイスのロカルノから5時過ぎに飛び立ったツーリスト用の小さな飛行機で、どうやら故障のため、リナーテ空港にSOS発信、緊急着陸の要請をした数分後にビルの25階に激突して炎上したという。
ビルはロンバルディア州庁となっているが、その時間には、多くの人が既に仕事を終えて退社しており、ビルの上のほうのフロアーは改装中で、ビル自体に人が少なかったこともあって、亡くなったのは職員二人と飛行機のパイロットの合計3人だった。
直ちに、中央駅周辺すべての交通機関が閉鎖され、町中に救急車や消防車のサイレンが響き渡った。
会社帰りの人でごった返す地下鉄のホームでは、誰もが重い空気の中、沈黙を守っている。
一刻も早く家にたどり着きたい、何があったのかニュースで知りたい、そういう気持ちは皆同じなのか、人々の足どりが重く速い。
家へ戻ってテレビをつけると、ニュースや特別番組では 「テロではなく事故です」と政府や警察がひたすら繰り返していた。その一方で、「事故である可能性が高いが、まだ調査する必要がある」と誰かが言うと、「事故で高層ビルに突入する可能性など万に一つしかない」「故障した飛行機がそんなに簡単に市内上空を飛べるような管理しかしていないのか」と一般市民が番組の中で口々に質問する。事故だと何度繰り返されても、どうやらそれを素直に信じられないくらい、昨年の9月11日は私たちみんなの心に大きな傷を残したようだ。規模は全然違うとしても、事故に何らかの形で巻き込まれた人はもちろん、今回のミラノの事件とNYの映像がどうしてもダブってしまい、精神的にまいってしまう人のために
役所や病院では心理的なケア、アドバイス専用の窓口が作られた。
ロンバルディア州庁の責任者がインタビューで答えていた。「9月11日以来、万一のために、我々は、避難訓練を何度も行い、今日はその成果もあって、被害者の数を抑えることができました。また、内部者、外部者の差なしに、皆が実によくお互いを助け合い、速やかに行動できたことをうれしく思います」
事実、普段は統制が取りにくいイタリア人が、今回は見事にお互いを助け合って動いたらしい。
勇敢な消防士の姿、支えあう市民の横顔、そんな姿に安堵と希望の光が見える。
一人一人が、本気でひとつの事に心を合わせるとき、信じられないことを起こせる力が生まれるなら、何とかその力と想いを、事故が起こった後ではなく、起こる前に、おこせぬものだろうか。